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令和3年9月30日
日曜日の遅めの朝、庭に出て、超珍しいクモの巣を発見しました。まるで穴の開いた丸い空間を、白い糸でジグザグにつくろっているようなギザギザ模様。よく見ると、その外側には誰もが知っている、いわゆる“クモの巣”が、細く目立たない糸できれいに張られており、ギザギザ模様はその中心に、わざわざ目立つように太く頑丈に張られているのです。
こんなクモの巣、生まれて初めて見た!
世の中には、なんていろんなクモがいるんだろう。だいたいからしてこのクモは何のために、わざわざこんなに目立つ模様(日本語では「隠し帯」というそうです)を描くんだろう? それにしても、みごとなデザインやなあ。
私は、しばし白い不思議な模様に見とれました。
そもそもクモは地球上のあらゆるところにいて、現在確認されているだけでも4万種弱。動物としては三番目に多いそうです。4万種にもなるほど別々に進化したクモ。その進化は、目的に向かってまっしぐらというのではなくて、それぞれ別々の多様な種類のクモが、同時並行で生き残った。そして環境に最も適応できたクモだけではなく、ほどほどに適応できたクモが生き残ったそうです。
生物は、完璧というよりもむしろ、ゲノム(DNAのすべての遺伝情報)に不安定なところがあって、卵や精子を作るときに自分をそのまま複製できず、間違いを起こしやすい生物ほど遺伝子変異を起こしやすく、「進化しやすい」といわれています。クモはそういう進化をしやすい生物なのだそうです。(『クモはなぜ糸をつくるのか?』 丸善出版 三井恵津子訳、宮下直監修)
加西市の教育長をお受けしようと決めた際に、私が大事にしたいと思ったのは、この“クモのような”「多様性」です。横文字では「ダイバーシティDiversity」と呼ばれていますが、一つの集団に、年齢や性別、 人種や宗教、趣味嗜好など、さまざまな属性の人が集まっている状態のことです。もともとこのキーワードは、アメリカ国内のマイノリティや女性が、就職での差別のない採用や、公正な処遇を実現しようという運動から広がりました。
現在では、この「ダイバーシティ」が、日本企業の中で広がりを見せています。私が長年働いていた出版界でも、このダイバーシティは、ごく当然の現実として受け入れられていました(もちろんどこの社会にも、自分と違うライフスタイルは認めない、という頑迷な人は必ずいますが)。日本企業は、急速に進む少子高齢化、高学歴化の波を前に、減少する労働人口対策に頭を痛めました。人材を確保するにはどうしたらいいのか――。日本の「ダイバーシティ」の始まりは、どちらかというと「労働力確保」という目先の問題への対処でもあったと思います。それって、どことなく浅ましくない? と感じて、当初、私はこの言葉があまり好きではありませんでした。
しかし、何はともあれ、単一の価値しか認めなくなると、人間は暴力的で専制的になります。「ファシズム」に近づいていくと思います。
世界中に4万種近くもいるといわれるクモだって、それぞれに知恵を絞って(クモは人間のように頭で考えているのではないのでしょうが)、多様になることによって共存する道を選びました。クモは糸を使って網を張ると思っていましたが、実際にはほぼ半数の種が網を張らずにエサを捕獲するそうです。
一人ひとりが自己主張をすると効率は悪くなるのかもしれませんが、その効率って何なんでしょうか。それぞれが違いを受け入れて、それぞれの智恵を活かせあえるバラエティ豊かな社会のほうが、圧倒的に楽しいだろうと思います。