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令和3年7月5日
一年前、「女性教育長は加西市初」「民間出身」とメディアに紹介されました。ですから、「女性、民間」はご存じですが、私が車椅子で毎日登庁していると思っている人は少なかったでしょう。ところが3か月後、9月の市議会が終わったころから、職員通用口で「教育長、おはようございます!」と声をかけてくれる職員が多くなりました。議会中継の効果でしょうか。それまでは、あきらかに「毎朝出会うけど、あの、車椅子のおばさん、誰?」という視線だったのに(笑)まさか、自分が車椅子を足代わりにするとは、予想していませんでした。大腿骨骨折後、主治医から宣告され、術後の激痛にうめきながら、「今までのような社会生活はもう無理かなあ」と、さすがに落ち込みました。
車椅子が自分の現実となったとき、脳裏に一人の男性の姿が浮かびました。スウェーデンの最北、夏は白夜、冬は1日中太陽が昇らない北極圏の町キルナで出会った、日本人研究者のYさんです。じつはキルナには私の親友が住んでおり、外気温マイナス25℃のなか、彼女の運転でYさんの自宅に遊びに行ったのです。キルナには「スウェーデン宇宙物理研究所」があり、この研究所は地球の磁気圏におけるオーロラプロセスの知識を大幅に向上させたことでも知られています。Yさんはそこの研究者で、キルナに30年近く住んでいます。そして車椅子でした。
40代で突然ギランバレー症候群を発病し、一時は瞳の動きでしか意思の疎通ができなかったそうですが、2年後に復帰。夏にはリハビリをかねて自宅から10キロ以上を歩行器で出勤したりするそうです。週に何回かヘルパーさんに来てもらってはいますが、お料理、特に魚が好きで、私たちがうかがった時も「お正月用に煮たんだよ」と言って自前の黒豆を出してくれました。
「Yさんから後ろ向きの話や、愚痴を聞いたことがない」と友だちは言います。Yさんがキルナのアパートで、台所と居間を軽々と自由に行き来していた姿を思い浮かべると、勇気が出ます。ちなみに私が今乗っている車椅子は、Yさんと同じスウェーデン製。量産している車椅子としては世界最軽量なのです。