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豚の飼育

1918(大正7)年4月には、捕虜たちで豚を飼育することが認められました。豚の飼育係となったケルステンはその経緯や様子を特に詳しく日記に書き残しています。

結局1918年4月半ばに豚を飼うことも許された。給食業者が自宅に新しい豚小屋を造ったからである。彼はその代わりにそれまで使っていた豚小屋を使わせてくれたが、それは収容所から約800メートル離れた林の2つのせき止められた沼の堰堤にあった。その小屋は豚が15頭も入ればいっぱいだったが、我々はすぐにビール箱の板で増築して3分の1だけ広げた。飼育はジーメンス社によって伝染病基金として提供された120円を使った。豚はいつでも私たちの食事に供されるために収容所側に売却されるはずであり、したがって基金は確保されるという思惑があった。1頭の割り当てられた繁殖用の雌豚と2頭の食用の豚、そこから豚の飼育が始まった。私たちは1頭の病気の子豚を手に入れた。その豚を我々は日本人に知られることなく私のバラックで引き取り、寝台の板張りの板を外して、その子豚を寝台の下の、すぐに取り外せる低い木の格子の中に置いた。

そんな具合で我々はその子豚を飼うことになり、確かに子豚の命を救うことになった。なぜなら、我々は夏は?時から11時までと1時から6時まで、また冬は8時から11時までと1時から5時まで家畜小屋にいたので、小屋だったら世話できなかっただろうからだ。我々のパンの割り当てがほぼ2倍になった後で、60人の食事から大量の残飯が出た。そこで子豚はたらふく食い、「金持ち」が食堂のミルクをめぐんでくれた。毎日きれいにつみ取られた寝藁をあてがわれた「ムッツ」は6週間たって丈夫になって豚小屋に入ることとなった。ムッツは犬のように人慣れしていて忠実であり、呼ぶと我々の所に来て、しばしば自由に走り回った。養豚業者というよりも、豚の世話係の役割を果たしたのは、農民と2人の肉屋だった。1918年8月繁殖用の雌豚が7頭の子豚を産んだ。収容所長は彼のまだ使っていない2つの馬小屋を使わせてくれ、それが今や出産の小屋となった。そして母豚と子豚は最良の状態で育てられ、子豚はたくましく育った。

同じ頃、2人の肉屋は給食業者から豚を買い、それを収容所内でつぶして所内販売用のソーセージを作る許可を得た。その代わりに私が豚の世話をするようになった。それで豚の世話係は2人になったが、溜まった仕事に合わせて、我々は手伝いを6人まで連れて行くことができた。その人数は出発30分前に報告しなければならなかった。その後は文書での許可を当局から取り、2、3人の歩哨と1、2人の警官による監視の下、飼料を手押し車で小屋へ運んだ。パン焼きの残飯を使って飼料代をかなり浮かしたので、7頭の子豚を含む24頭の動物でときには小屋を満杯にすることができた。
(「ケルステン日記」より)

写真 豚の飼育場
写真:豚の飼育場(ディーター・リンケ氏所蔵)
写真 「豚の飼育場」の現在(別府東町)
写真:「豚の飼育場」の現在(別府東町)

ケルステンたちは衛兵や警官の監視下であるとはいえ、豚を世話するために収容所外の飼育場に通っていました。そして、捕虜たち自身の手で食肉への加工やソーセージ作りが収容所内で行われていました。豚の飼育場の場所は調査によって、繁昌中池と呼ばれる池のほとり(別府東町)であったことが判明しています。

またこの池のすぐ北にある上池では、捕虜たちが当時禁じられていた水泳を楽しむことができました。

暑い日には水浴びしたり泳ぎたい気持ちが我々を襲ったが、それは司令官によって堅く禁じられていた。捕虜が死んでもどんな補償もないからだった。我々2人の豚の飼育係は3〜3.5メートルの広さの堰堤で争いとなり、水を背にしていた飼育係が一突きされて水門の端、水深5メートルの所に落ちて、浮かび上がってこなかった。そこでもう1人が飛び込んだ。20〜25メートルくらい離れた所で2人は浮かび上がった。監視人はびっくりしたが、次の瞬間我々を笑い、それをもう一度見たがった。泳ぎは堅く禁じられているからと、我々が断ると、彼らは捕まらないように自分たちが見張っておいてやると答えた。そうして我々と、さらに多くの手伝い人もほとんど毎日泳ぐことができるようになったのだった。
(「ケルステン日記」より)

捕虜たちが水泳をしていた池は、飼育場付近の繁昌上池です。水泳の様子は、ハンクシュタインが遺した写真にもあります。

写真 水泳をする捕虜
写真:水泳をする捕虜(ディーター・リンケ氏所蔵)
写真 現在の繁昌上池(加東市高岡)
写真:現在の繁昌上池(加東市高岡)

問合先 教育委員会 生涯学習課 市史文化財係
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