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玉野構居跡(たまのかまいあと)

1.はじめに

玉野構居跡は、万願寺川中流西岸の玉野町に所在します。
平成7年度には県営加西中部地区ほ場整備事業に先立って、加西市教育委員会が確認調査及び発掘調査を実施しました。
調査の結果、弥生時代から中世の集落跡(大坪(おおつぼ)遺跡)及び館跡(玉野構居跡)で、遺跡の規模約150,000平方メートルであることわかりました。

(写真:平成7年度調査地全景(空中写真))


南・東・北の外堀が確認されたことから、玉野構居跡は、幅約5メートル、深さ1〜1.5メートルの方形の外堀を巡らした南北約100メートル、東西約125メートル、敷地面積10,000平方メートルの館跡(やかたあと)であることがわかりました。また、その敷地内には、2つの郭や溝、柱穴などが発見され、陶磁器などが出土しました。

(写真:調査地位置図)


2.調査の目的

保育園建設工事予定地内には玉野構居跡及び大坪遺跡が所在しますので、遺跡の取り扱いについて兵庫県教育委員会の指導のもと、加西市教育委員会と工事原因者の二者で協議しました。その結果、工事計画の変更は不可能で、遺跡の現状保存は困難と判断されました。工事によって遺構が削平される箇所について平成22年度に発掘調査を実施し、記録保存することになりました。

(写真:調査風景)


3.調査の成果

今回の調査で、古墳時代後期の掘立柱建物2棟、平安時代の掘立柱建物1棟、平安時代の溝跡6条、室町時代の土坑1基などを確認しました。

掘立柱建物SB01

調査地北端で確認された桁行(けたゆき)3間(11.5メートル)、梁行(はりゆき)2間(3メートル)以上の掘立柱建物です。棟方位は東西棟と推定され、柱堀方から古墳時代後期の土師器(はじき)や須恵器(すえき)が出土しました。これらの出土遺物からSB01は古墳時代後期の7世紀初め頃の建物と考えられます。

(写真:SB01)


掘立柱建物SB02

SB01の南東で確認された桁行3間(5.4メートル)、梁行2間(3.6メートル)の掘立柱建物です。棟方位は東西棟と推定され、柱堀方から土師器が出土しました。
SB02とSB01は棟方位が同じなので、同時期の建物と考えられます。

(写真:SB01(後)とSB02(手前))


掘立柱建物SB04

調査地中央西よりで確認された桁行2間(6.5メートル)、梁行2間(3.6メートル)の掘立柱建物です。棟方位は東西棟と推定され、柱堀方から平安時代後期の土師器皿、須恵器椀・鉢・甕が出土しましたので、平安時代後期の12世紀頃の建物と考えられます。

(写真:SB04)


溝跡SD101・201・601・401・501・502

幅約0.2〜0.3メートル、深さ約0.1〜0.2メートルの東西溝です。溝跡から平安時代後期の須恵器甕・鉢、土師器が出土したので、溝の機能していたのは平安時代後期の12世紀頃と考えられます。これらの溝は方形に巡ることから建物に伴う区画溝と考えられます。

(写真:SD502)


土坑SK601

調査地北端でその一部のみが検出された土坑で、弥生土器底部、土師器細片、須恵器甕細片、室町時代の14世紀後半〜15世紀はじめの備前焼甕が出土しました。

4.まとめ

調査の結果、弥生時代から中世の集落跡であることを確認できました。特に古墳時代後期の中型の掘立柱建物群が発見されたことは注目に値します。
しかし、今回の調査では、館に関連する建物跡は確認されませんでした。館内部にはどのような施設あり、それらがいつ建てられていたかはよくわかっていません。今後の調査の進展によって解明されることでしょう。

問合先 教育委員会 生涯学習課 市史文化財係
TEL:0790-42-8775 FAX:0790-43-1803 mail:shogai@city.kasai.lg.jp

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