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南上山遺跡

1.はじめに

南上山遺跡は、下里川と万願寺川が合流する地点よりやや上流の万願寺川西岸の中野町に所在します。
平成9年度には県営土地改良総合整備事業鶉野地区に先立って、加西市教育委員会が確認調査及び発掘調査を実施しました。調査の結果、南上山遺跡は、弥生時代から中世の集落跡及び館(屋敷)跡で、遺跡規模約20,000uの複合集落跡であることわかりました。

南上山遺跡と周辺の遺跡位置図

南上山遺跡と周辺の遺跡位置図

1. 南上山遺跡 2. 中野城跡 3. 中条垣内遺跡 4.針田遺跡
5. 上灰田遺跡 6. 宮ノ後遺跡 7. 網引市場遺跡 8. 蛭ヶ池ノ尻遺跡
9. 流尾遺跡 10. 堀山古墳群 11.状覚山古墳群 12.堀山遺跡
13.周遍寺山墳墓群 14.糠塚古墳群 15.八寸山墳墓群  

2.調査の目的

発掘調査位置図
発掘調査位置図

兵庫県北播磨県民局が事業主体となり、平成17年度から国道372号線歩道建設工事が実施されることになりました。
しかし、事業予定地内には南上山遺跡が所在することから、遺跡の取り扱いについて兵庫県教育委員会の指導のもと、加西市教育委員会と北播磨県民局の二者で協議を実施した。協議の結果、工事計画の変更は不可能で、遺跡の現状保存は困難と判断され、工事によって遺構が削平される箇所について平成17・19・21年度に第3〜5次発掘調査を実施し、記録保存することになりました。

3.調査の成果

これまでの調査で、南の外堀と内堀、北の外堀と内堀、西堀が発見されたことから、南上山遺跡は、南北140m、東西80m、幅7m、深さ1mの方形の外堀を巡らした敷地面積10,000uの館(屋敷)跡であることがわかりました。

調査地空中写真
調査地空中写真

また、敷地内には、幅5m、深さ1mの内堀を東西に巡らせた副郭が付随する構造であることもわかりました。
館(屋敷)跡に関係する施設としては、堀跡、溝跡、掘立柱建物跡、甕倉などの遺構が発見され、遺物は、室町時代の須恵器や丹波・備前の陶器や青磁(せいじ)や古銭などが出土しています。

4.まとめ

居館復元図
居館復元図

調査により、この地には室町時代頃に方形の堀を巡らした大規模な館が築かれていたことが明らかとなりました。この室町時代頃の館跡は、規模や形態などから国人領主クラスの館跡と考えられます。
東堀は発見されていませんが、おそらく国道372号線の下に埋没しているのでしょう。また、館内部にはどのような施設あり、それらがいつ建てられていたかはわかっていません。今後の調査の進展によって解明されることでしょう。

南の外堀 土層断面 南の外堀 完掘状況
南の内堀 完掘状況 南の外堀と内堀
北の外堀 土層断面 北の外堀 完掘状況

解説

中世の山城は、山上に城郭、麓に館(屋敷)を築きました。山上の城は主に防御施設で、日常生活は麓の館で行っていました。山上の城には掘立柱建築や簡易な櫓(やぐら)と塀(へい)を建てたのみで、長期間居住するための建物は建てられていませんでした。小城の場合は、山の頂上に簡単な建物を造り、食料、武具を保管するだけで、後は自然の地形を利用して、適宜、山の各所に柵、堀、土塀を設けるといった程度ですが、中規模の城となりますと峰々に本丸、二の丸といった曲輪(くるわ)を造り、居住用の施設も備え、長期の籠城に耐えられるようにしました。大城となると周辺の山々に支城を設け、山系全体を要塞としていました。戦国期には、山上の城にも礎石(そせき)建ての恒久的な建物を建てて、長期の滞在ができるように備えました。

問合先 教育委員会 生涯学習課 市史文化財係
TEL:0790-42-8775 FAX:0790-43-1803 mail:shogai@city.kasai.lg.jp

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