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女鹿山6・21号墳現地説明会資料

平成14年7月6日

はじめに

女鹿山群集墳は、加西市西上野字女鹿山に所在し、周知の埋蔵文化財として地域住民にも親しまれてきました。周辺には、旧石器時代から近世に至るまで数多くの埋蔵文化財が発見されており下里川流域は古くから開発が進んでいたことがわかります。下里川上流域は、ほ場整備事業に伴う埋蔵文化財発掘調査によって断片的にではありますが、歴史的環境が明らかになってきました。女鹿山群集墳は、全長46mの前方後円墳を含む21基の古墳で構成され、韓式系土器(かんしきけいどき)や初期須恵器(しょきすえき)が出土するなど、北播磨地方でも有数の群集墳であります。

調査の経過

平成14年度加西市北条町女鹿山自治区の公園進入道路建設事業地内には周知の埋蔵文化財が所在することから工事実施に先立って、平成14年5月7日から7月10日にかけて遺跡範囲確認調査を実施します。調査の途中ですが、女鹿山6号墳の規模及び形態が把握でき、また、その西側にも21号墳が所在することが明らかになりました。

発掘調査結果

@女鹿山6号墳

墳丘の径辺約11m、周溝幅約2〜3m、周溝の深さ約0.3mの円墳(方墳の可能性もあります)です。周溝からは、初期須恵器の甕(かめ)が出土し、古墳の築造年代は、5世紀後葉と考えられます。

A女鹿山21号墳

墳丘径約10m、周溝幅約2m、周溝の深さ約0.5mの円墳です。周溝からは、初期須恵器の甕が出土し、古墳の築造年代は、5世紀後葉と考えられます。

4.まとめ

今回の調査によって、女鹿山群集墳の実態の一端が明らかになりました。

女鹿山6・21号墳ともに墳丘の大半が破壊され芳しい保存状態ではありませんでしたが、国内で生産がはじまったばかりの須恵器(初期須恵器)が出土した古墳として特筆できます。これは、初期須恵器出土の古墳が県内においても希少な為であり、初期須恵器の出土分布を考えると有力な豪族の居住地域及びその墓に限定されるからです。

このようなことから、女鹿山6・21号墳は小規模ながらも、初期須恵器を有していることから有力な豪族の古墳であるといえます。

問合先 教育委員会 生涯学習課 市史文化財係
TEL:0790-42-8775 FAX:0790-43-1803 mail:shogai@city.kasai.lg.jp

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