第15回「愛の詩」

佳作

題名/やさしい勇気
氏名/後藤 順


孫が生まれた。五体満足との願いだけ。それは利己的な思いなのか。

雪が降るのか、黒い雲が立ち込める、夕暮れの駅前のバス停。数珠つなぎの待ち人は、時計を苛立ちげに睨む。自宅での温かな夕食でも思っているのか。空席でもあれば、その日の疲れを一時でも過ごせる。

バスが来た。素早く足がステップに立つ。混みあう車内は、自分の立ち位置を確保するのも精いっぱいだ。この時間帯は混むのは当たり前。乗客の多くが沈黙する。

「席を代わりますよ。おばあさん」目の前の青年が立ちあがった。なぜか、誘われた老婆が応じない。観察すると、青年には左手がない。それを老婆は知っていた。

「あなたこそ…」。言葉が続かない。同情なのか、憐れみなのか。諦め顔の老婆がその席に座った。少し恥ずかしそうに、青年の右手が、吊革につかまり、体を支えるために真っ赤に腫れていた。一瞬、青年の両親を思った。 「左手がなくても、右手があれば生きていける」。

そんな厳しい躾をしたのだろう。そうでなければ、人に席など譲れない。やさしさの押しつけではない。勇気がなければ、「どうぞ」との言葉すらかけられない。

バスを降りるとき、老婆は青年に笑顔の会釈をした。この世には、まだまだ愛が残っている。

 

問合先 ふるさと創造部 人権推進課
TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

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