第15回「愛の詩」

佳作

題名/母の一言
氏名/足立 悦郎


私の家は貧しい農家だった。父が早く亡くなったので、母一人の農業では生活がやっとだった。私は勉学に明け暮れていたが、就職できたのはやっと二十六歳の時で、それまで母は私の学費を支えてくれた。

やがて都会の大学に転勤し、母を呼び寄せるために住宅街に家を買った。しかし、母は一週間ほど孫の世話を楽しんでは、すぐに帰っていった。母はひとり百姓だったので、人付き合いの経験がなく、しかも山陰地方の方言でしか話せない。都会の住宅地はもっとも住みにくい場所であった。

私はUターンを決めた。四十歳という研究者として最も充実していた時に、私は条件の良かった都会の大学を辞めて、地方の小さな大学に移った。母に対して私にできることは、このくらいしかなかった。それからは家族とともに、母と実家でくらした。

母は数年前に病院で亡くなった。亡くなる前に、介護していた妻に、「だんだんな。わしは、えらかったが…」と言った。「だんだん」はありがとう、「えらかった」は頑張った、という意味の方言である。母の人生を象徴する言葉だった。

母は最期に、共に暮らせた家族に感謝し、自分の人生の価値を確かめて亡くなった。私はその母を今でも誇りに思う。

 

問合先 ふるさと創造部 人権推進課
TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

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