第15回「愛の詩」

優秀賞

題名/兄と蛍
氏名/たいら まさお


昭和十九年の夏、兵役に取られた長兄が、最前線へ送られる前の最後の休暇を与えられて、神戸の北部にある我が家へ帰ってきた。

いつもに増してその日、蛍が乱舞していた。

夜…迷い蛍が家の中に入ってきたのを、兄が捕まえて、蚊帳の中で寝ようとしていた幼い弟妹の中へ放ってくれた。

私たちは大騒ぎして、蚊帳の蛍を追った。

その夜…ふと私は、二階から聞こえてくるハーモニカの音を聞いて目が覚めた。

二階には窓辺に座って淋しい音色のハーモニカを吹いている兄の姿があった。窓の向こうで蛍が乱舞していた。

ふと気づいた兄が、真剣な声で言った。

「お母さんを頼むぞ」

私は小さく頷いたが、何も言えなかった。

発つ日、駅の改札口で見送った。母と最期の別れの言葉を交わした後、私の顔を見て、何も言わずただ「うんうん…」と頷いた。

「お母さんを…」と言っていたのだろう。

…その兄は、フィリピンで戦病死した。

フィリピンの密林には、何万匹という蛍が集まる樹があるそうだ。その樹に出会って兄は、故郷を思い出しただろうか。

私が今でも蛍は、暗い闇を背負って、あの世とこの世を行き来しているように思うのは、兄のことがあるからだろうか。

 

問合先 ふるさと創造部 人権推進課
TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

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