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第15回「愛の詩」審査講評

第十五回、節目の年の「愛の詩」の応募総数は二千九十一点、内、一般千二百十七点、小・中・高校生の作品が八百七十四点でした。

今年の作品も父を思い母を思い、子ども達の幸せを願い、また祖父母への感謝の気持ちを綴ったものなど、家族への思いを読んだ作品が数多く寄せられました。これらの作品に込められた人々の熱い想いにふれ、思わず涙ぐんだりもしました。

何十年も共に暮らした夫が、同じように年老いた妻へ贈った感謝の言葉に胸を打たれました。

子ども達は「わたしのお父さんお母さんいつもありがとう」「大好きなおじいちゃん、おばあちゃんいつまでも元気でいてね」といった内容のものが圧倒的でした。素直に事実にもとづいた感謝の気持ちが読む人を温かい心にしてくれました。

故郷について綴った作品もありました。若者が自分が生まれ育った町に愛着を持ち、この町で生き続けるという決意が述べられていました。

また、周囲の人々の支えもあって、自分の障がいを乗り越えて社会へ出て懸命に働く青年の希望に満ちた詩に心を打たれました。障がい者とか障がい児とか言う言葉は、ことさら言う必要が無くなってきていると思います。人にはそれぞれ特徴があります。他の人とは違いがあって当然で、それを互いに認め合って、互いを思いやりながら支えあって生きていく、そういった社会になるつつあると思います

第二次世界大戦前後の厳しい状況の中で懸命に生きてきた思い出を綴った詩も幾つかありました。それぞれの体験を肌で感じ、当時のことを昨日のように思い出していました。戦後という言葉を私達は使ってきましたが終戦から来年で七十年になります。当時私は姫路市に住んでいて、終戦の時は小学校の二年生でした。応募作品のなかに私と同じような世代の人の作品がありましたが、それとほとんど同じような体験談は私にもできます。夜中空襲で逃げ回ったというような話です。

広島で原爆の体験をしたお父さんのことを書いた詩がありましたが、これは私より大分若い人の話です。そして、私には少し年上の人達の学徒動員や特攻隊などの経験はなく、その厳しさを語ることはできません。しかし、いずれにしろ、戦争のない平和な世界を築くためにそれぞれの立場で精一杯努力することは出来ると思いますし、それぞれの時代に生きた作者も、みんな心からそう願って書いていました。

人権についても、私の生きてきた七十年間で、確かな変化があったと思います。それでもまだまだ課題はいっぱいありますが、女性の人権、働くことに対する意識、はじめに話した障がいに対する考え方等、確かに大きく変わってきています。

女性の人権をみても劇的な変化がありました。男社会から何度も脱皮をくりかえし、まだまだ課題はあるにしても、確実に進歩してきています。つい五十年くらい前までは身をけずるような厳しい生活をしいられる女性に対して、身を守るべき当然の法律すらなかったのです。

当時の子ども達の日常生活のなかにも、今の「いじめ」など思いもよらないような差別がありました。障がい者に対する差別、年齢による差別、力の強い弱いによる差別も多かったと思います。一人の子を集団でのけ者にしたり、弱い立場の子に暴力をふるうこともありました。

これらの不合理を大人も子どもも何とかしようと努力して、少しずつ改めあって今日があるのだと思います。今回の応募されたたくさんの作品にふれ、改めて人権の大切さを再確認しました。

「愛の詩」はこんな一面も持っているのです。

みんなが持っている人を思いやる心の溢れたたくさんの作品を有難うございました。この「愛の詩」をみんなで育てていきましょう。今後ともよろしくお願いし、講評とさせていただきます。

 

山本 允(元兵庫県人権教育研究協議会会長)

問合先 ふるさと創造部 人権推進課

TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

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