第8回「愛の詩」

佳作

題名/小さな花束
氏名/森 充子(兵庫県)


「貧乏やったから、夢がもてたんや」

私ははっとした。電車の中で、前に立った男の言葉だった。青年たちと、その父親のような年齢の男性である。そのひとは、卒業証書入れの黒い筒と、小さな花束をどこか持ちにくそうに手にしていた。私は(春だなぁ、しかし、このオジサンがなんで・・・・)と一瞬思った、夜間高校の卒業式帰りらしい。

「わしが目ぇ覚ましたら、両親はいっつもおらんのや。朝、暗いうちから隣の豆腐屋の手伝いに行っていた。冬でも、つめたーい土間で水使うて、豆腐つくるんや」

私は目を瞑って頭の上の話を聞いていた。「昼間の親父は、また別の仕事で稼ぎに出てた。そんな両親見てたら、高校へ行きたいなんて言えんかったよ」

それから還暦の歳まで、高校だけは行っておきたいという夢が続いた、と男は言う。「君ら知らんやろ、豆腐売り。夕方には、トーフ、トーフって、こんな小さいラッパ吹いて、親父は自転車で豆腐売って回るんや」 「おっちゃん、一日も休まんかったなんて、ホンマ、スゴイよ」 「いや、一日休んだ。親類に葬式があって休んだ。君らと違うて世間の付き合いちゅうもんがあってな・・・・」 若者たちもトーンを落として応えている。私は、目頭があつくなるのにうろたえていた。

「ここ、ここ」と彼らは一斉に下車し、車窓には早春の日差しが眩しかった。

 

問合先 ふるさと創造部 人権推進課
TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

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