第7回「愛の詩」

佳作

題名/老母に
氏名/光城 健悦(北海道)


母の病状は正月頃から危険だった。荒い呼吸がおさまらず、酸素吸入を続けてきた。満九十三歳の母は、心臓機能不全で外科的に体力がない。危篤になり、やがて、荒呼吸一つして脈が止まった。
母の表情はおだやかだった。

昭和二十年の春、函館ドックに空襲があった。米軍のグラマン機が低空で来て機関銃を放った。道路に土煙が立った。
母と私は弟の手を引き、妹を背負い防空壕に走った。私の腕は強く引かれて、棒のようにつっぱった。握られた手に母の脈拍が伝わるような気がした。母の形相はそれまで見たことのない険しさだった。

私は母に命を守られた。こんな感謝は、ほかにあるだろうか。

母の病院にいくたび、私は母の手をさすった。
母の体重は二十キロに落ち、枯れ木のような腕になった。手をさすりながら、私の体温を母に伝えた。《この手が私を助けた》と。
あの空襲の日の恩返しに、汗ばむほど私はさすり続けた。血管が浮き上がり、注射針のささった痛々しい細腕を。

 

問合先 ふるさと創造部 人権推進課
TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

Page Top