第7回「愛の詩」

優秀賞

題名/私の中に…
氏名/柳原 枝里佳(大阪府)


N先生が亡くなったのは、私が十三歳の初夏のことであった。
私の書道の師範であり、幼い時から、美しい字を書ける喜びを教えてくださった方だ。しわしわの手で私の小さな手をとってお稽古をつけられた先生。ぐっと入れてすっと抜く。
重ねた手の温かさ。呼吸に合わせて広がる白と黒のコントラスト。筆を持つ度に思い出す先生は、優しい笑顔の記憶と共に、今でも私の書の中に生きている。

お葬式は行われなかった。
先生がご献体をなさったからだ。しかし、当時の私は、N先生が選択された献体という道に実感が湧かず、おぼろげに尊敬を覚えるのみであった。

あれから七年の歳月がたち、二十歳になった私は、医学部に在籍している。
今年の秋、いよいよ解剖実習が始まった。実習初日、人体を解剖するという初めての体験への恐れが私の中にあり、体が震えた。
しかし、日を重ねるごとに、その気持ちは感謝と感動に変わっていく。

人体は奇跡のような産物で、実に複雑である。
私達医学生はそれを実際に見、触れることで、かけがえのない勉強をさせていただけるのだ。自らの生を終えてなお、未来の医師の育成のため、その御身を献体して下さったご意志の中に、私は限りない人類愛を感じる。尊敬せずにはいられない。

N先生が私の書の中に生きているように、今、私の前におられるご遺体にも、医師となる私の中に生きていただけるよう、しっかり学ぼうと思う。
限りない感謝の言葉と共に。

 

問合先 ふるさと創造部 人権推進課
TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

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