第5回「愛の詩」

優秀賞

題名/先生の涙
氏名/飯島 隆(北海道)


空襲で家を失い母の郷里に疎開した小六の春
当時 田舎では男女それぞれ学校が別でした
高等科に進んだ翌年 夏休みも終わり
授業が始まった或る日の国語の時間
―たわむれに 母を背負いて
 その あまり かろきに 泣きーー
教本を手に 啄木の詩を朗誦しはじめた
T先生の声が 次第にかすれ
そして 絶えました
顔を上げると 何と
先生 あなたは黒板に向いて
背中を震わせていました
皆は顔を見合わせ 一様にうつむきました
この夏休みの間に
病に臥せていた先生のお母さんが
天国に旅立ってまだ日も浅い
母と子の二人暮しに見舞った不幸を
私たちは知っていました
やがて あなたは生徒の方に向き直り
涙のたまった赤い目で
一人一人 いが栗頭の顔を見つめ
言い含めるように言いました
―お前らみんな ふた親いるよナ
 親孝行しろよ お袋さんに
 心配かけるな いいナー
ゆっくり しみじみ語りかける
温かい言葉に
みんなは黙ってうなずきました
T先生 あなたも私の両親も
今では遠い世界へ去りました
生前は 殊更親孝行した覚えのない私が
親に迷惑をかけずに来たことといえば
定年まで仕事を貫き通したことぐらい
でも その道も決して平坦ではなかった
何度も挫折しかけるたびに、
私を支えてくれたのは
―親に心配かけるなー 
あなたの言葉 あなたの戒めが
胸に 灯りつづけていたからです
T先生 あなたが涙で示された千金にまさる教訓は
教え子たちから子や孫に
孝養の芽が受け継がれ
小さな町に根づいています
あの日から五十六年
あなたの教えは 生きています

 

問合先 ふるさと創造部 人権推進課
TEL:0790-42-8727 FAX:0790-43-1380 mail:jinken@city.kasai.lg.jp

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